現実逃避なアノ子とは今でもたまにチャットで話しており、最近はメールのやりとりもしている。
結局彼女は某サポセンでの面接をパスし、今は研修の毎日だそうだ。まだ実際の仕事はさせてもらえないらしく、日本にもあって最近アヤしくなってきた某駅前留学などとは違ってカリキュラムには定評もあり、企業の社員英語研修などにも利用されている某外資系英語学校にも行かされているとのこと。そのわりに彼女の英語の変さは以前と同じようだが...
彼女と出会い今でも話すチャットルームでは、日本語を学習したい覚えたいという連中(当然非日本人)たちがいつもたくさんいるわけだが、共通して話す相手の一人について「日本人の彼女がいるんだってよ。だから日本語勉強したいんじゃん、彼」という言い草の彼女に意見したくてたまらなくなった。黙っていられないのがいつのもことだが悪いクセなのだ。
自分の考えでは、何が理由/目的で日本語学習しようといいじゃないかと思うわけで。日本人女をコマそうと思ってそのために日本語を覚えようとしているにしても、日本人男と結婚したいあるいは彼氏が欲しいからという理由であっても、日本の漫画やアニメをもっと理解したいからという目的であるにしても、どの理由や目的が上でどれで下かなんてことは誰も言えないじゃないか、と。
では「女が理由」らしいその彼(その日本人彼女とは結婚する予定だということを自分は知っているのだが)を卑下するような言い草をするその彼女(ビサヤ出身25歳シングルマザー)には、キミはいったいどんな理由で日本語を覚えようとしてるんだい?と問うてみたいわけです。そしてキミのその理由か目的は他の連中のものより崇高だとでも思っているんですか、と。
そして、そのチャットルームに集まる連中が日本人男女を目当てにしているにしたとしても、それだってマナーを持ってチャットするなら他人がどうこう言えることではないだろうと。
と、メールでこう書いたはずなのだが、その自分のメールへの返信では「フィリピーナがみんな日本人男性と結婚したいと思ってると思うなら間違いだ」と来た。そんなこと誰がいつ書いたのよ。(苦笑) そして彼女は続けて、「ラクしていい生活をしたいと思っているそういう女たちには反吐が出る。私は働いている」と偉そうなことを言う。自分の英語がそこまで誤解させるほど文章が間違っているのかと一瞬でも思わせられるとアセるじゃないか。(爆)
いい生活を望んでリッチな相手をも結婚相手に望むのは別に不思議でもなんでもなく、逆に言えば世界中でそんなの普通にあることでそれだって誰もいけないとかだめだとか言えんでしょうに。
しかも生まれて初めて就職し、今はまだ実際の仕事なんてしてもいない彼女が「私は働いている」とか威張る。なんだ、こりゃ。(爆)
以前この娘とは捕鯨と鯨肉を食することについての話をしたこともあって、その時周り(同じチャットルーム)にはヨーロッパの連中だけでアメリカ人はいなかったのだが、捕鯨と鯨肉食は文化であって、日本その他そうした文化を元々持っていた国の何倍もオイルを採るためだけに捕鯨していたアメリカなどが偉そうな理由をつけて批判を繰り返すのはおかしいし、米国が捕鯨について日本を批判する本当の理由と目的は別にあると自分や欧州人が言うと、彼女はやはりフィリピン人、アメリカに洗脳されているかのように米国側とまったく同じ主張しかしない。
では、これはどうだ。世界ではフィリピン人は「犬食い」としても知られているわけだが、それに英国の動物愛護団体が批判しようが何しようが、それはフィリピン人の食文化の一面であって、他国からわけわからん屁理屈で言われたくもないことだろ?と。
すると彼女は「私は犬なんて食べない。食べたこともない。フィリピン人みんなが食べるわけじゃない」と言う。いやいや、キミが食べなくても「フィリピン人は犬を食う」と言われ思われていることは事実なんだよ、と。「私は食べない」とかいう言い訳をここでしても話にならないでしょう?みたいな。
後日、その「女が理由で日本語学習」と彼女に思われている北欧の男とメールでやりとりしている中で、今度はIMででもチャットしようかという話になったのだが、「Yahoo Messengerはフィリピン人だらけなんでもう使うの止めようかと思ってる」と。(笑)
まったく別なメキシコの大学生君は、「チャットにはフィリピン人多すぎ。くだらないことしか話さないし相手してらんない」とか。
実際、多くのチャットでフィリピン人は疎まれていたりして、それを理解あるいは認知していないヤツが多いというのもこれまたイタい。(爆) 疎まれるその理由は会話・チャット内容に実がない、マナーが悪い、英語が通じないなどなどなのだけれども、30前のフィリピン人の場合男も女も事実この傾向は高い。生意気なことを言う割りには「井の中の蛙」であったりして、フィリピンの常識が決して世界の常識なんかじゃないんだということが判っていない。自分に言わせれば、「アメリカの常識」だって世界の常識とはかけ離れていることも多いのに、それをまた「アメリカは常に正しい」式に思っている連中がまあ多いこと多いこと。
最近今まで話したことがないフィリピン人と話すことが減ってきているのは、こうしたことからなのである。自分の場合。