Tsismoso

在日ふぃりぴん人よもやま話

外国人介護士

2008.07.25

category : 日記

tags : 外国人介護士 フィリピン人 インドネシア人

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今夜少し前、NHKでまた外国人介護士問題についての番組があったので観ていた。実は昨夜は教育テレビの福祉関係の番組でも同様の内容があった。昨晩の3チャンネルでの放送で使ったインドネシア現地取材の映像に加え、日本での現状、つまり在日フィリピン人ホームヘルパーについての取材が元になっている。

インドネシア人介護士たちの来日は来月初めにも始まるが、今日初めて知って驚いたのは以下の点。

彼らインドネシア人介護士たちを雇用する側である老人ホーム等施設側は、彼らに住居も提供しなくてはならない。

えええ? 月20万弱という日本人スタッフと同等かそれ以上の給与を保証せよと厚生労働省が条件をつけるのは納得できるが、日本人と同じ給与を払いながら住居も提供、日本語研修と資格(介護福祉士国家試験受験)のための支援に掛かるコストも雇用者側に負担しろというのはちょっとおかしいのではないか。まるでフィリピン人ホステス招聘と同じだ。

給与を日本人と同等にせよというのは、実質的には組合と同じであろう介護福祉士会からの強い要望だったそうで、確かにこの条件をつけないとただただ安価な労働力として雇用するところ、そしてそれをビジネスとしてとらえるブローカの乱立なども懸念されるだろう。(既にあるようだし)

しかし日本人スタッフたちだって毎月の給料で生活しており、家賃だなんだとそこから捻出しているわけだ。つまり実際には彼らインドネシア人介護士たち(と、おそらく近い将来続くフィリピン人介護士たちも)は、「日本人より高給あるいは好待遇」で雇用されるということになる。なんかおかしくないだろうか、これ。(連中は安く使えと言っているのではもちろんない)

来日してから仕事を始める前に受講が義務付けられている「日本語研修」は6か月間だが、これをちゃんと受講し受講者本人が講義を理解習得できて「日本人なら小学生3、4年生」レベルの日本語、なんだという。

このレベル(の日本語能力)で介護の現場に出る、出ろということなわけだ。うーむ。

ただしこの話関係の報道で必ず言われる、「国家試験である介護福祉士試験は日本人でも合格率はおよそ50%」というのはちょっと変である。なぜなら、日本人だなに人だに関係なく専門知識が問われ必要であるその職種職場であるのなら、資格制度が設けられているからにはナニ人であろうとできる人にしかできないだろうしまかせることもできないだろう。それを「日本人でも50%程度の合格率の試験は可哀想だ、酷だ」というニュアンスの物言いは間違っていると思う。


さて、番組中で紹介された在日比人女性ホームヘルパーたち。知り合いの友人(まさにその比人女性)がやはりわざわざホームヘルパー2級資格を取得しながら結局介護施設を辞めたのと同じことが広がっていて、辞めるスタッフが増えているんだという。いわく、きつい、つらい。いつもおむつの交換ばかり、などなど。フィリピン人はホスピタリティが云々なんて話とはまた別なのだ。そもそもきつい仕事なのである。

比人女性ヘルパー専門で派遣している会社が自分のところの比人女性スタッフが働く施設に出向き、そのスタッフと面談し不満などを聞き、それを雇用者である施設側に伝える。

「夜勤が多く、アシスタント的な仕事しかまかせてもらえない。もっと自分のスキルを活かせるようにしてほしいがなかなかそう言えない」

それを聞いた施設側は、

「老人たちとのコミュニケーションは良くとれているが、日本人スタッフたちとはそこまでいっていない」

つまり、何年か日本で生活してきているフィリピン人妻(ないし元妻)たちでさえ(この「さえ」はちょっと違うかもしれないが)、日常会話はそこそこできても間違いなく何かを伝達するという serious communication は難しい、ということだ。

番組内ではその派遣業者が比人女性スタッフたちに自社でも独自に日本語レッスンを開始していると伝え、ある比人スタッフに教えている場面も紹介された。

誰かが頭をぶつけたとかで、「頭に血が滲んでいる」という言い方は知らないだろうし聞いても意味も理解できていなかった。「血が滲む」という表現を正しく理解し使える比人妻がいるとしたら、その人は相当日本語を勉強しただろう、と言わざるを得ない。おそらく99%は聞いたことがあっても聞き流すだけで今まで通してきただろう。「頭から血をながしている」と「滲んでいる」なんて同じじゃないかと弁護擁護する人もいるのかもしれないが、勝手に言ってろ、である。(笑)

上で書いたような不満の主な理由であるきつい仕事ばかりさせられるというのは、こうした彼女らの日本語能力の低さから日本人スタッフたちとの連絡や申し送りが十分にできないということからなのだ。


実は最近、チャットで看護士介護士として日本に行きたいというフィリピン人数人とたまたま話した。一人はまだ19才のビサヤ地方某所に住む女の子である。「ナースとして日本で働く仕事にもうアプライした(申し込んだ)」という。この子がこちらにもし本当のことを語っているとするならば、19才のこの子にはありえない話なわけで。つまり、そうやって嘘八百を並べ立てる派遣業者だかブローカがごちゃまんといるということだ。

もう一人はやはりビサヤ方面某地区で大学で看護学を先行しているゲイの坊や。日本語も勉強しているというが、残念ながら日本で看護士や介護士ができる、あるいはそれに必要となってくる資格を取得できるレベルには達していない。彼も上の子も、そしてこれまで話したことがある似たような希望をこちらに話してきたフィリピン人の100%、「どうしてそこまで日本語(具体的には漢字とかなの読み書きと彼らは思っているようだが)が必要なのか」と納得できないらしい。

彼らには、

「例えばTanaka-sanという施設入居者がいるとする。しかし他にもTanaka-sanがいた。さらにはもうひとり別なTanaka-sanがいた。読み方は同じTanakaだが、日本では読み方が同じでも使う漢字、またそのコンビネーションが違うTanakaさんたちがたくさんいる。漢字の読み書きができないでどうやって区別する?」

「君の国の病院やその他医療施設で同じことも良くあると思う。同じ名前の人が数人。ある人には薬品Aを自分のシフト終了後投薬してあげなければならない。だが、間違って別な同じ名前の人にその薬品Aをあとのシフトの人間が投薬してしまった。こうしたことは医療現場で許されると思うか? 日本ではその名前が言ったように漢字の読み書きができないとさらに区別認識することは不可能に近い」

自分がこう話して本気で答えたかどうか、「なるほど」と言ったのは後にも先にもこれまで上のゲイ坊やだけだった。

彼には英語圏への看護士としての出稼ぎを考えたほうがいいよ、と話しておいたが……

もちろんこれはフィリピン人以外、例えばもうすぐ来日が始まるインドネシア人介護士にも当てはまる。

思うに、日本側としては少子高齢化社会への懸念もあって、とにかく外国から労働力を、なんだろう。そして相手国側では「高給が望める日本という出稼ぎ先」でしかない、というのが大体の現実なんだろう。お互いが望むことを合わせてみて合致するなら合致するでいいのだろうが、それならちゃんと時間的にも余裕をもって準備し考慮し計画すべきだろう。

自分にはどうも、

「いやーどーもどーもどーも。あのね、こういうお土産持参したですよ」

「おお、それはまたどうも。ありがたくちょーだいしますね。代わりと言ってはなんですが、ではこちらからは……」

てな、両国政治家連中の「私は在任中にこれをやりました/緒をつけました」みたいな自己満足に終わっているように思えてならない。いーかげんすぎだって。
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ふぃりぴん人との付き合いでは噂話は欠かせません……(そうか?)
ここ最近はKubuntu LinuxWordPressなどに夢中。Friendster, Tagged, hi5, Multiplyその他SNSには飽き気味(苦笑)

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